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Tag Archives ピレネー山脈

「ピレヌ」の伝説

Dessin de Pyrène
Pyrène, dessin libre, C.Coul

「ピレネー」という言葉は「ピレヌ」から来たと考えられます。異本のよって、「ピレヌ」の伝説はいくつかの変遷がありますが、基本的な流れはどれでも同じです。

「ピレヌ」は金髪の女性でした。ある日、10番目の功績を終えって、11番目の功績を始めようとしていたところのヘラクレスと会いました。お互いに惹かれました。

ピレヌの魅力に魅せられたヘラクレスはピレヌの国にしばらくいて、付き合っていました。ここまで話はとてもロマンチックですが、神話を読んだ人がよく分かるようにギリシャの神様の心は浮気があります。理由がちょっと不明そうですが、ヘラクレスはようじがあると思い出して、出発をしますた。

妊娠しているということに気がづいたピレヌがヘラクレスに知らせに行きましたが、ヘラクレスはもういないという事が分かりました。寂しくて、恥ずかしくて、ヘラクレスを追いかけましたがヘラクレスは人間と神のハーフでしたから追いつきませんでした。

暗くなったら、獣(熊あるいは狼)に食べられてしまいました。最後の叫びは非常にひどかったので、ヘラクレスに叫び声が届きました。絶望な声が聞こえたヘラクレスはピレヌのところに戻りましたが、ピレヌはもう死んでいました。

ヘラクレスの苦しみが消えるまでお墓を作る石を積み続けました。伝説によるとそれはピレネー山脈になりました。

参考:

“Terre de légendes”, Pyrénées magazine, numéro 72, novembre décembre 2000.

http://ariegeterrede.free.fr/Pyrene.htm

http://www.pyreneetcompagnie.fr/ete/la-legende-de-pyrene/

https://vallee-aspe.fr/legende_de_pyrene.php

L’origine des Pyrénées

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熊に賛成派ですか。反対派ですか。

Photo d'un message sur la route disant "non à l'ours"
クマに反対、forêt domaniale de Barousse, février 2020, G. Ducros

毎年春になったら、地方の新聞の中に家畜を襲う熊の事件が載ります。冬なら冬眠をしていますが、気候がよくなって巣穴から出ます。熊がいる日本ではどうだか分かりませんが、ピレネーでは熊と関係がある話は敏感です。熱い議論を引き押しして、襲撃する度に熊に賛成派と反対派の表明やデモの原因になると言えます。

熊の姿はピレネーからほとんど消えてしまいました。1990年代にピレネーの熊の種類を保護するように遺伝的 に近いスロベニアから来た熊を再び導入し始めました。目的は種を安定させるために50 頭を養うことです。しかし、うまくいくかまだ分かていないです。2004年に、「カネル」という名前の100%ピレネーの最後の雌熊は狩人に撃ち殺されました。国家にとって悲劇になりました。狩人は偶然に撃ったと言っても信じないひとがいて、際限のない裁判になりました。皮をわらで包んだ「カネル」はトゥールーズの自然博物館にあります。現地性ではない雄熊との間に子熊を生みました。子熊は母がなくなっても大きくなりましたが、彼の生殖がどうなるか心配です。

しかも熊の再導入に反対する畜産業者もいます。熊は移動を監視する首輪があっても、また一般的に菜食の動物だと言っても、時々家畜をたべることがあります。とくに牧童なしに自由に移動群れを襲います。畜産業者の補償制度がありますが、それでも熊との今の共同生活ができないと思う人がいます。家畜の群れを守るためにますますピレネーの犬を使うことが多くなりました。

しかし、それに対しても不満な人がいます。まずは犬はいつも熊からちゃんと群れを守れないし、もう一方は犬と観光客との問題の数が増えています。ピレネー犬はかわいいですが、ぬいぐるみではありません。普通、攻撃的な犬ではありませんが。。。近づきすぎるとね 。。。みんなを満足させるのは難しいですね。

Pancarte expliquant le comportement des patous, Artigues, mars 2020, G. Ducros

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ローカルなサン・ミシェル

故郷の辺りの一番好きな場所の中にサン・ベルトラン・ド・コミンジュ(Saint-Bertrand-de-Comminges) があります。この地域にあるサン・ミシェルのようなものと言ってもいいでしょう。

サン・ベルトラン・デュ・コミンジュ
Saint-Bertrand-de-Comminges, Janvier 2020, G. Ducros

サン・ベルトランは小さい村ですが素敵な大聖堂があります。大聖堂はりんご材の植林や(もちろん)畑やガロンヌ川がある平野の突出した丘の上に位置しています。ということは大聖堂が遠くから見えますね。背景になるピレネー山脈と比べると大聖堂は遠くから見たら小さそうですが、近づくにつれてどのぐらい大規模か分かります。大聖堂の建造はいつも長いです。サン・ベルトランの場合では建造が12世紀に始まりましたがはっきりいうと建造の歴史がよく分かりません。ただ内陣の聖職者席はとてもきれいと思います。

村は城壁に守られています。中世の狭い門を通って村に入ると大聖堂が古い家に囲まれています。村に「プール・オ・ポー」の名物で有名になった「シモーヌ屋」というレストランがあります。日曜日しか作られていません。「プール・オ・ポー」は簡単にいうと鳥鍋の一つです。アンリ四世が「私の王国にはどんな農夫でも毎週の日曜日にプール・オ・ポーが食べられるようにしたい」と言って、「プール・オ・ポー」をフランスの料理の一つのシンボルにしたらしいです。

私はずっと前から「プール・オ・ポー」を食べていませんが、 二年前に「シモーヌ屋」にいったことがあります。20人ぐらいの巡礼者のグループがいました。食後に皆で祈りを歌いました。彼らの熱心さは心を揺すぶると思いました。サン・ベルトランはサンチアゴ・デ・コンポステラの巡礼の宿泊の一つですから巡礼者に会うのは驚きではありません。サン・ベルトランはサンチアゴ・デ・コンポステラの巡礼の宿泊としてユネスコの世界遺産に登録されています。

小さい職人の店(ピレネー羊毛での服、傘、アクセサリー、はちみつ、製陶など)もあります。

それで、サン・ベルトランには考古学の博物館もあります。今の村と村の大聖堂がガロ・ロマン期のかつての街の崩壊の上に建立されました。そういう街の名前はLugdunum convernarumでした。申し訳ありませんが発音は分かりません。Lugdunum convernarumについて「ヴァルカブレール」(Valcabrère)村を紹介する時にもう少し話します。

サン・ベルトランは私たちの前からありますし、私たちの後もあるでしょう。時間を超える場所ですから自分の命なんてくだらない気がしますね。

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Gourdan-Polignan

Vue de Gourdan-Polignan
Septembre 2019, Vue de Gourdan, G.Ducros

写真で丘の下にある村は私の故郷です。グルダン・ポリニャンです。簡単な紹介します。
上の方にはなかなか見えませんがグルダン・ポリニャンは中部ピレネーを通るガロンヌ川の沿岸にあります。村にはお城と二つの教会があります。 一つは毎年の一月十八日に祀られているサン・ビンセントに奉じられている教会で、もう一つは「黒いマリア像」で有名です。なんでこのマリア像は特別なのでしょうか。市役所のウェブサイトにこう書いています。

『伝説によると、ある農家が群れの中で一番太っている去勢牛は一番食欲がなくて、毎日同じ茨の草むらに行くということに気づいて、そこに黒いマリアの像を発見しました。マリアの像を村の教会の際壇に置きましたが、夜に、茨に戻ってしまいました。 村人たちはマリアを教会に再び持ってきて際壇に鎖でつなぎましたが、彫刻が発見されたところに戻りました。マリアがそこに崇拝されたいという結論に達した村人は彫刻を受け入れる「ポリニャンのノートルダムの 小聖堂」を建設しました。』グルダン・ポリニャン市役所

これを読むとなんでマリア 像は黒いのか分かりませんが、確かに特別なパワーがあると信じられていることが分かりますね。黒いマリアの撮影を見せたいですが、ポリニャンのノートルダムがいつも鍵で閉まっています。私は二十歳時代に一回しか見たことがあります。

村の畑や草原でのどかに食べている牛、ロバ、羊、鶏などいろいろな動物が見られます。もし自分が牛ならば、ここで幸せな生活ができると思います。それでも、モダンライフからかなり離れているわけではありません。電車駅、ショッピングセンター、二つのパン屋があります。きっと信じられないでしょうが、マクドナルドまで何でもありますよ。

vaches dans un pré
Septembre 2019, vaches, Gourdan-Seihan, G. Ducros

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