「カゴ」人は誰でしたか。

By Posted on 0 1 m read 145 views
Arreau, mars 2020, G. Ducros

去年アロー(Arreau)という町まで行きました。ドーレ谷Vallée d’Aureとルロン谷(Vallée du Louron) の入り口にあります。そこの観光案内所の二階に「カゴ」についての永続的な展覧会があります。もう夜でしたので見ることができませんでしたがまた行って見ようと思いました。なぜならもう「カゴ」がいませんが母に「昔カゴはたいへんでしたよ」と聞きました。では、「カゴ」と言うのは、なんでしょうか。「カゴ」人は誰でしたか。時代によって違いました。

「カゴ」の話しは11世紀に現れます。差別されていた人を指し示します。「カゴ」身分は引き継がれていました。「カゴ」として生まれて、他の「カゴ」と結婚して、「カゴ」として死んでいました。それで、タブーとして自由に選べないことが多かったです。普通の人と混ざらないように住める町が限られていました。できる仕事も限られていました。材木仕事など自然と関係がある大変な仕事が多かったみたいです。宗教でも差別されていました。教会に入る普通の門が使えなくて、カゴ専用のを通っていました。教会入り口の聖水盤も違っていました。カゴの洗礼の時に鐘は鳴らさなくて、死人のお墓は特別な墓地にありました。

「カゴ」の差別の起源について二つの仮説があります。一つ目は他族(侵入した西ゴート人、サラセン人など)、或いは他宗教の子孫なのです。二つ目はハンセン病の患者の子孫なのです。

少しずつ「カゴ」がいなくなって、ルイ十四世の時にその差別とその言葉も禁止になりました。しかし、それ以降も「カゴ」と言う言葉がまた使われるようになりました。例えば、知的障害者のことを指し示していたようです。19世紀の終わり頃に調査が行われて、二万人の知的障害者と十万人の甲状腺腫の患者が見つかりました。だいたい皆がピレネーとアルプスと言う山の地方にいました。色々な理由が考えられていました。例えば高所、血族関係、水の質などです。あるスイスの医者が最初から原因はヨウ素の不足ではないかと考えましたが、ヨウ素の塩を山の村に配れたのは1920年ぐらいでした。配れてから知的障害者や甲状腺腫の患者が完全にいなくなりました。

参考:

https://www.ladepeche.fr/article/2012/09/16/1441116-ces-braves-cagots-ont-ete-maudits-pendant-800-ans.html

https://fr.wikipedia.org/wiki/Cagot#Origines_du_phénomène

https://fr.wikipedia.org/wiki/Cagot#Sens_dérivé

https://www.lepoint.fr/histoire/la-veritable-histoire-des-cretins-des-alpes-09-09-2018-2249778_1615.php

https://www.independent.co.uk/news/world/europe/the-last-untouchable-in-europe-878705.html

https://www.biusante.parisdescartes.fr/sfhm/hsm/HSMx1983x017x001/HSMx1983x017x001x0085.pdf

https://www.sac-cas.ch/de/die-alpen/un-fleau-disparu-le-cretinisme-dans-les-alpes-12386/

https://fr.wikipedia.org/wiki/Cr%C3%A9tinisme

Share this article