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ポニーくん

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chevaux dans les Pyrénées
Chevaux dans les Pyrénées, Vallée de la Barousse, G. Ducros, octobre 2019.

畑の間で走る道を通ると、前に書きましたようにロバが見えますが、馬もたくさんいます。そういうわけで乗馬できる乗馬場もたっぷりあります。

乗馬は2歳からできます。まだ本当の調教をしませんが馬を撫ること、馬に乗ることは得になります。感情移入と責任と信頼の勉強になります。肉体的に手を離して乗ったり、馬の耳を触るために馬に身をかがめたりバランスを向上させます。馬に乗って色々な教育を目的とする練習も出来ます。右、あるいは左に曲がったり、調馬場の壁に掛けている色、あるいは字に向かったり基本的な知識を習って、空間の感覚を養います。

幼い時にした馬のキャンプは素晴らしい思い出です。それで大学で勉強していた時に選択科目の中に乗馬がありました。学生ですから割引があるのではないかと思って乗馬を選びました。乗馬場は大学から遠くて、いつも遅れていました。いつも変わることなく、レッスンは馬の割り当てから始まりました。その日の練習をするために学生たちは順番に好きな馬を選んでいました。もちろん素直な馬、あるいはきれいな馬は先に選ばれていました。私はいつも遅れていましたから誰も乗りたくなかった馬と練習をしなければいけませんでした。そぴの馬はポ二ーでした。

反抗的な真っ白いポニーでした。泥が大好きでしたから手入れするために畑へ迎えに行った時に泥だらけなのは珍しくなかったです。ブラシをかけるのは時間かかっていました。それで調馬で調教をしていた時に、退歩をしたり、違う方向に走ったり、ほかの馬をいじめたりしていました。しかし、乗馬は成績になっていましたからなんとか頑張るしかありませんでした。

六ヶ月の後世界で一番仲良しの友達になりました。泥遊びをやめませんでしたが調教の時、口を開かなくってもポニーくんは完璧に行動していました。飼い慣らすことができたと思います。キャンターというテストでとてもいい成績を取れました。ポニーくんありがとうございました。

成績はあまりにも良かったので背が高くてきれいなシルエットをしていた雌馬を割り当てられました。もう学年の終わりでしたし、また初めからやり直すのは大変でしたのでその時に乗馬を辞めましたが、とてもいい経験でしたからおすすめです。生き物、また人間関係について教訓になりました。

馬は自閉症の人、障害を受けた人、自信がなくなった人の治療にも使われています。お年寄りにも。ペットセラピーの一つの種類だといえます。

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冬観光の歴史の中で大切なスーパーバニエル

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Vue depuis le Mourtis一番近いスキー場から見える景色, janvier 2021, G.Ducros.

コロナのせいでスキー場のリフトが停止されました。12月と今年の1月にたくさん雪が降ったので勿体ないと感じました。リフトが動かないとスキー場は寂しいと思っていましたがそうではなくて驚きました。スーパーバニエルというスキー場の下にあるルーション町(Luchon)で用事があって、そこへ行った時にけっこう人がいてスキーウェアを着ていた人が多かったです。レンタルする店も営業中でした。なんでそんなに人がいるんだろうと思いました。みんな自分で登るかと思いました。

天気があたたかくなって、川の水位が上がって、そろそ雪が溶けるなくなると考えて、私も一番近いスキー場まで行きました。誰もいないと思ったら、違いました。リュージュをやりましたが背中にスキーを乗せて仲間がいました。どんなスキーだったかよく分かりませんがラケットスキー(散歩するためのスキー)をやっている人もけっこういました。スキーが好きな人はやっぱり大変でもしたいですね。リフトがないとスキーは本当に完全な身体的なスポーツですね。

ちなみにスーパーバニエル(Superbagnières)は面白い場所だと思いますから、もう少し紹介したいと思います。なんとかバニエルという場所はピレネーで多いです。バニエルはラテン語の「balnearias」から来て、ローマ帝国から知られている温泉を示しています。ルーションで卵の臭いがしている水、つまり硫黄が入っている水を楽しむことができます。

なぜスーパーバニエルは面白いかという理由がピレネーの一番古いスキー場にもあります。1894年にルーションから200メートル上がっていたピレネーの最初のケーブルカーが設置されました。それで、1912年にスーパーバニエルまでいける山の鉄道が開かれて、海抜1800メートルの『グラン・ホテル』というパレスの建設が始まりました。冬観光の歴史の中で大切な場所となりました。

子供のころよくスーパーバニエルへ行っていました。地獄のモーグルがあるという覚えがあります。最近は行っていませんが面白い場所として覚えていますし、そこでピレネーの最初のスキー場を建設したのには理由があると思います。温泉と景色と地形がいいことは原因ではないでしょうか。コロナがなくなったらまた行きたいと思います。

参考:

histoire-superbagneres.fr

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「カゴ」人は誰でしたか。

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Arreau, mars 2020, G. Ducros

去年アロー(Arreau)という町まで行きました。ドーレ谷Vallée d’Aureとルロン谷(Vallée du Louron) の入り口にあります。そこの観光案内所の二階に「カゴ」についての永続的な展覧会があります。もう夜でしたので見ることができませんでしたがまた行って見ようと思いました。なぜならもう「カゴ」がいませんが母に「昔カゴはたいへんでしたよ」と聞きました。では、「カゴ」と言うのは、なんでしょうか。「カゴ」人は誰でしたか。時代によって違いました。

「カゴ」の話しは11世紀に現れます。差別されていた人を指し示します。「カゴ」身分は引き継がれていました。「カゴ」として生まれて、他の「カゴ」と結婚して、「カゴ」として死んでいました。それで、タブーとして自由に選べないことが多かったです。普通の人と混ざらないように住める町が限られていました。できる仕事も限られていました。材木仕事など自然と関係がある大変な仕事が多かったみたいです。宗教でも差別されていました。教会に入る普通の門が使えなくて、カゴ専用のを通っていました。教会入り口の聖水盤も違っていました。カゴの洗礼の時に鐘は鳴らさなくて、死人のお墓は特別な墓地にありました。

「カゴ」の差別の起源について二つの仮説があります。一つ目は他族(侵入した西ゴート人、サラセン人など)、或いは他宗教の子孫なのです。二つ目はハンセン病の患者の子孫なのです。

少しずつ「カゴ」がいなくなって、ルイ十四世の時にその差別とその言葉も禁止になりました。しかし、それ以降も「カゴ」と言う言葉がまた使われるようになりました。例えば、知的障害者のことを指し示していたようです。19世紀の終わり頃に調査が行われて、二万人の知的障害者と十万人の甲状腺腫の患者が見つかりました。だいたい皆がピレネーとアルプスと言う山の地方にいました。色々な理由が考えられていました。例えば高所、血族関係、水の質などです。あるスイスの医者が最初から原因はヨウ素の不足ではないかと考えましたが、ヨウ素の塩を山の村に配れたのは1920年ぐらいでした。配れてから知的障害者や甲状腺腫の患者が完全にいなくなりました。

参考:

https://www.ladepeche.fr/article/2012/09/16/1441116-ces-braves-cagots-ont-ete-maudits-pendant-800-ans.html

https://fr.wikipedia.org/wiki/Cagot#Origines_du_phénomène

https://fr.wikipedia.org/wiki/Cagot#Sens_dérivé

https://www.lepoint.fr/histoire/la-veritable-histoire-des-cretins-des-alpes-09-09-2018-2249778_1615.php

https://www.independent.co.uk/news/world/europe/the-last-untouchable-in-europe-878705.html

https://www.biusante.parisdescartes.fr/sfhm/hsm/HSMx1983x017x001/HSMx1983x017x001x0085.pdf

https://www.sac-cas.ch/de/die-alpen/un-fleau-disparu-le-cretinisme-dans-les-alpes-12386/

https://fr.wikipedia.org/wiki/Cr%C3%A9tinisme

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お神輿でとっぴなモンレジョ村

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Mikoshi placé au-dessus de la porte de la halle où se tient le marché de Montréjeau.
Marché de Montréjeau, juin 2020, G. Ducros.

ヨーロッパにはお神輿が一つしかないということを知っていますか。どこにあると思いますか。ヨーロッパの有名な街にあると考えたら、ブブーです。グルダン・ポリニャンの隣にあるモンレジョにあります。月曜日の朝の市場の立つホールに見られます。なんでモンレジョにお神輿があるのかしら。考察をしました。

2011年3月11日の東北の大地震と関係があります。モンレジョの近くの村の出身であるロベル・ヴェルディエは昔から東京に住んでいて、石巻などを援助するために企画を立てました。ラグビーに興味があって、ラグビー界を頼って、コーミンジュとジェルス地方で新品の服を集めて、被災者に送らせました。

その際に宮田宣也さんという人と出会ったみたいです。http://mikoshiguy.com/というサイトに説明によると宮田さんの祖父がお神輿を作っていました。それで、祭りの文化という手段で日本文化を広げるためにヨーロッパのあちこちの文化祭りでお神輿を出したいみたいです。お返しとして祖父にが作ったお神輿をモンレジョに2014年から預けています。

モンレジョでも祭りがされましたし、おみこしのおかげでモンレジョはラ・デぺーシュという地域新聞からホット・ガローヌ県の一番とっぴな村の賞を受けました。

参考:

https://fr.ulule.com/japanese-mikoshi/

https://www.ladepeche.fr/article/2017/10/05/2659202-le-prix-insolite-pour-mon-beau-village.html

https://www.ladepeche.fr/article/2014/09/10/1948645-une-fete-locale-made-in-japan-pour-remercier-montrejeau.html

https://www.ladepeche.fr/article/2014/09/03/1943983-le-14-un-air-du-japon.html

https://www.ladepeche.fr/article/2017/08/01/2621207-l-offrande-du-soleil-levant.html

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モンレジョ市場と地域的な通貨

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Stands de paniers et de fleurs sur le marché de Montréjeau, août 2019, H. Macdonald.

日本に住んでいた時に一番なつかしかったのは市場とチーズでした。スケジュールが許せばスーパーより市場で買い物したいと思います。ただ、市場の時間はちょっと不便です。週に一回市場をする都市や村は多くて、だいたい平日に開かれます。しかし所によって市場の曜日が変わるので、違い場所に行けばほとんど毎日市場があります。市場の曜日は時々町や村の看板に書かれています。それで、市場で商売する人は商品を包む紙や袋にその他に行く市場の曜日を書いています。このように、他の村、他の都市の市場の曜日がお知らせされています。

モンレジョの市場は毎週の月曜日で、にぎやかで結構大きいです。肉屋、八百屋、マス(魚)屋、チーズ屋、パン屋、はちみつ屋、スパイス屋、服屋、古着屋、アクセサリー屋、CD屋、かご屋など、なんでもありますよ。幼い時市場へ行くのは大好きでした。鶏、ヒヨコ、ウサギなどの小動物が売られているので楽しかったです。ウサギを可愛がるのが好きで、ヒヨコはかわいいと思っていたので、将来ヒヨコ屋さんや花屋さんの間でどちらになろうか迷っていました。

市場で商売人を二つのグールプに分けることができると思います。一方は生産する商売人で、他方は転売する人です。両方する人もいると思いますので、もちろんいつもはっきり分けることが出来ませんが、個人的に優先的に生産する商売人を働かせたいと思います。

ある商売人のスタンドに「この店でトゥゼルをつかえます」という看板が見えます。トゥゼル(小麦の一つの種類から来た名前)はユーロに並行しているコメンジュー地域の通貨です。具体的にというと1ユーロは1トゥゼルに当たります。ユーロとトゥゼルはトゥゼルのカウンターで両替が出来ます。地域的な通貨はコメンジューしかないわけではありません。ユーロがあるのに地域的な通貨が存在する意味はなんでしょうか。この地域的な通貨はよく「市民的」や「論理的」と形容されています。私が分かる限り、この地域的な通貨の意味が二つあります。一つ目は投機を避けるということです。銀行に預けたお金は銀行の金庫に止まるわけありません。銀行に使われています。しかしトゥゼルは金融に使えないので使い方をもっと支配できるらしいです。二番目は地域的な生産と短い流通を発達させることです。トゥゼルを買ったら写真を載せます。

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「ミヤソン」という甘い名物

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Millasson, Gourdan-Polignan, octobre 2020, G.Ducros

前回の投稿で「ミヤ」について書いたと思います。ここの地方では「ミヤソン」という名物もあります。発音は似ていますが「ミヤソン」(millasson) はグルダン・ポリニャンの隣にある「モンレジョー」(Montréjeau) という小さい町のケーキ屋さんの人気があるお菓子の名前です。この店の名前はスベールビエル屋「Suberbielle)です。店の名前は二代目の代表から付きました。

「ラ・デッペーシュ」(La dépêche) という地域の新聞には2012年にこのケーキ屋さんの人気があるお菓子について記事が載っていました。記事の主な情報はこれです。

「1871年に創業された店の5代目の代表はスベールビエル・ジャン・ルイです。

店を創業した女性はベルゲスさんでした。彼女は早く夫と死に別れて一人でケーキの製造と販売を進めました。子供は二人いました。長男は聖職者になって日本で宣教師になりました。マリ・ルイズという長女は母親の研修生であったスベールビエル・オグスチンさんと結婚しました。

この家族は代々受け継がれた「ミヤソン」というケーキを作り上げました。店を開いたベルゲスさんは1871年にもうこのレシピを持っていました。材料は秘密ですが作るのはとても簡単ですよ。クレープの生地にオレンジフラワーウォーターとレモンで味つけされていて、小さくてちょっと高い型の中に入れて焼いています。保存料や着色料が入っていません。昔から、このケーキを作るために使っている牛乳はアドゥ農家から来ます。あそこの牛は代々ミヤソンケーキが長く続くように協力をしていますよ。」

参考:Les Suberbielle, pâtissiers de père en fils, depuis 141 ans.

個人的に聞いたことによるとミヤソンケーキの秘密は焼き上げにあります。焼き上げは特に微妙な感覚が必要らしいです。

ミヤソンケーキはモンレジョーでしか食べられませんので、ぜひ味見してください。

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お人形の祭り

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Mounaques sur le bord de la route
Mounaques sur le bord de la route à Campan, août 2020, G. Ducros.

レスポーヌ谷の隣にカンパン村(Campan)があります。7月と8月にほとんど人間の高さのお人形が飾られています。その人形はムナック(mounaque)と言われていて、ボロ切れと干し草で作られています。手作りでそれぞれは違います。そう言う人形を作る人によるとムナックはシャリバリの習慣と関係がありました。辞書で調べたら次の定義が書かれています。「不釣合な結婚や再婚した者に対し、若者組の連中が家の窓下などで鍋と釜をたたいて大騒ぎする風習」でした。

ピレネー家族では相続する子供は一人しかいなかったのでピレネーの家族は日本の家と似ていた点が多かったと言えます。相続する子供は長男・長女だったので彼らの結婚は特に神経質でした。mounaquesetcompagnieと言うサイトによると跡取りの結婚は相続の問題が絡みました家族・村に完全に賛成してもらえなかった時にシャリバリがあったみたいです。シャリバリをやめさせるために、結婚する人が若者組にお金を上げなければなりませんでした。ムナックは粗野で皮肉的な面があるのでシャリバリに出ていたではないかと想像しています。

シャリバリの習慣がなくなりましたがカンパン村のある商人がお客さんを引き付けるためにムナックを再び作りました。最高でしたので村の人達がみんな作り始めました。観光客に人気があるみたいです。

ムナックはシャリバリと関係があると言われてもそれだけなのか自問しています。時代とともに変化する習慣がありますね。ムナックの目的は人をからかうことでしが、不幸、病気などを招かないような意味もあったと考えられませんか。昔使い終わったムナックをどうやって破壊したかなど調べればこの仮説をまじめに考えることができます。

Voir aussi :

https://www.grandsudinsolite.fr/1262-65-hautes-pyrenees-les-mounaques-de-campan.html

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「ネコ科」と散歩しました。

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photo d'une ânesse appelée Féline
Féline, août 2020, Lesponne, G. Ducros

やりました。8月の真ん中ぐらいビゴール地方のレスポーヌ谷に行って、そこでロバを借りて散歩をしました。天気予報はよかったので、ロバを借りるアデゥール・アヌに電話をして午後の三時間分を予約しました。ロバの名前はフェリーヌ(Féline)でした。フランス語で「フェリーヌ」は「ネコ科」という意味です。ロバなのに何でネコ科と名づけられましたの。生まれた時、とても身軽な子ロバだったからでしょうか。40キロまで運ぶことができる4歳のメスでした。夏ですからハエにいじめられていました。仕方がありませんでしたがかわいかったです。

フェリーヌと泉まで行く予定でした。馬と同じようにフェリーヌは頭の中で草のことしか考えていませんでした。飼い主に「食べるのは許すな」と言われましたが、やっぱり草を食べてしまいましたので行く道はぐずぐずでした。やっぱりフェリーヌは泉まで行く気がありませんでしたが馬より優しかったと思いました。去年馬を借りました。全然進んでいませんでしたし、草から離れたら色々な不満の気持ちを表して怖かったです。

途中で蜂蜜を取っている人を見ました。ハチの数は下がっていますがここにたくさんいそうでしたので安心しました。ただ蜂蜜をとる人は宇宙へ行く人のような服を着ていたから見るだけで汗が出ました。普通はフランスの夏は湿気は低いですが今年は普通より湿気が高い気がします。その日、暑くて、湿気が高くて、すごく喉が乾いていたので、泉に着く前に引き返しました。フェリーヌの気分は明るくなって、あっという間に帰りました。

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トマトが驚きをもたらします。

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Tomate du jardin, Gourdan-Polignan, juillet 2020, G. Ducros

家に小さい庭があります。去年、野菜を栽培しようと思って、チェリートマトを植えることから始めました。ところで、トマト栽培に関した「率直な調査」という調査番組(Cash Investigation 2019) を見ました。実はトマト栽培は驚くべき大きいマーケットです。番組の中で次の点は特に面白かったと思います:

1.遠くから輸入できるように、また店で長く売れようにトマトを長く保存する遺伝子を持たせるように交配しました。残念ながらこの遺伝子は味をつける熟成も止めてしまいます。だからスーパーマーケットで売られているトマトのほとんどは雑種で味がありません。

2.トマトの味を考えたら、トマトの種類も大切ですが生産の方法も重要です。温室で土地利用 型でない生産のトマトは水っぽい味をしています。成長の時に与えたストレスがトマトの味を作ります。ストレスがないと植物は怠け者になります。番組の中で温室で栽培されたトマトと普通の土地で栽培されたトマトの栄養素が調べられました。温室のトマトの栄養素は土地生のトマトの半分しかありませんでした。同じ種類だったかはっきりしていませんでしたが専門家は種類より植物の作り方がトマトの質に影響があると言っていますから比較の結果は現代の植物に問題を提示していますね。よく考えたら、人間と一緒ではありませんか。「成熟」した人になるために色々な体験が必要と言えませんか。世間体験をして知識を伸ばすと考えられませんか。

3.種は私企業になって、植物の多様性を減らしました。1932年に「フランスで栽培されている種類と変種の公定目録」が制定されました。目的は種の結果を保証することでした。例えば、トマトの種は全部同じように見えますね。種をみるだけではどんなトマトが出来るか分かる方法がありません。種の種類と収穫には間違えがないように目録が制定されました。それで目録に新しい種類を登録することできるようにその種類の特徴と均質性と不変性を立証しなければなりません。それはいいですが少しずつ登録されていない種の販売が禁止になりました。新しい種類を登録するのはお金かかりますからかよく分かりませんが、番組によると登録されている種のほとんど(種類によりますが90%ぐらい)は産業向け、特許に守られている交配された種類という結果が得られました。それで交配された種の栽培は一代しか保証できないか、あるいは二代目がないように遺伝子を操作しているので毎年買わなければなりません。他方の結果は新しい種類が作られている一方で、無くなる種類も多いですから多様性を減らすと言えます。今は産業はきれいな形をしているトマトを大切にしていますが、将来はどんなトマトが必要か分からないのでトマトの遺伝の多様性を守るのはとても重要です。

Mas d'Azil entrée de la grotte
Entrée de la grotte du Mas d’Azil, juin 2020, G. Ducros

登録されていない種と、自分で栽培して得た種を自由に交換と販売を頼む会があります。会の一つはピレネーにあるkokopelli「ココペリ」です。今年の六月に何年間の要求が認められました。というのは今年の六月から登録されていない種の販売はOkになりました。Kokopelliの販売店はあちこちがありますが本社はMas D’Azil「マス・ダジル」にあります。Mas D’Azilにはとても大きな洞穴があります。洞穴は川があって、その川の横を車で走ることが出来るのでけっこ印象深い所だと思います。Kokopelliまで行ったら、日本の植物の種類は多くてびっくりしました。何でかしら。しそなどの種を買いましたがピレネーでうまく栽培出来るでしょうか。

Sachets de graines Kokopelli
Sachets de graines Kokopelli, juin 2020, G. Ducros

他の参考:

GNIS

https://france3-regions.francetvinfo.fr/bretagne/semences-paysannes-enfin-autorisees-vente-1848088.html

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ロバは可愛くないの。

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donkey
Âne tenant compagnie à un cheval au loin, Seilhan, juillet 2020, G. Ducros

フランスの庶民文化の中ではロバは可愛い動物と見られていません。頑固で間抜けと言われています。もう、そういう習慣がないですが、昔、母の時代には学校で悪いことをした子供にはロバの耳をつけさせて罰を与えていました。「ロバ=間抜け」と考えていたので恥をかかされていました。しかし、ロバは本当にバカで可愛くないのでしょうか。

私の家はガロンヌ川のそばにあって、川のむこうの野原にはロバが二頭います。よく見かけることができます。それでよく見たら、体は小さくて、耳が長くて、たてがみがフサフサしていてとても可愛いと思います。散歩をする時にロバに出会ったら、いつも挨拶をしてくれるのでロバに対してのイメージが変わりました。庭がありますから飼えないかなと思って、ネットで色々調べました。

ロバを売っている人がみんな言っていますが、ロバは社交的で人間にたいして愛情を示すらしいです。だからロバを飼うと他の動物と一緒にいるようにすることが大切です。一頭だけにしない方がいいらしいです。また、庶民文化とは逆にロバはけっこう頭がいい動物です。耳が大きくて敏感で新しいことに対して怖がるらしい動物ですが、もう道が分かったらロバは自分で進むことができますので完全に信頼できます。

コロナのせいで夏にどこにも行けないと思います。ロバを貸す農家があるので、ロバを借りてハイキングするつもりです。休みを考えたら頭の中にそれしか浮かびません。荷物を運ばせて、いい相棒になれるかしら。この予定を実行したら必ず新しいポストを書いて写真を載せます。

乗用の動物以外、ロバは乳で有名です。最近ドラッグストアや市場でロバ乳が入っている石鹸や美容クリームをよく見ます。新しいトレンドですが昔から使われているらしいです。Elleという雑誌のサイトによると、クレオパトラが700頭のロバの乳を入れたお風呂に入ってたという伝説があります。それは現実であったか調べる方法がないと思いますが、古代からしわと脱水に効いて、敏感な皮膚に優しいという恩恵が有名らしいです。ロバの乳は人間の母乳に一番近いですがロバの乳の量は少ないので化粧品のホワイト・ゴールドと言われているということも書いています。手作り石鹸が多くて、カサカサの皮膚をしている著者は気に入りました。

ちなみにミニロバも存在しているということが知っていますか。背は90センチ以下です。1930年ぐらいにイタリアのサルデーニャからミニロバを輸入したアメリカ人がペットとしてミニロバの種類を作り始めました。ヨーロッパでミニロバがなくなっていた間にアメリカで盛んでした。それで、今回は逆輸入になってヨーロッパの農業人はアメリカからミニロバを輸入して、あちこちでミニロバの飼育は広まりました。ピレネーでもいくつかがあります。ただミニロバと言っても1000平方メートルの野原が必要なのでうちの庭は足りないと思います。その上ロバの声はうるさいので近所は近いなら近所迷惑です。

savon asinus
ピレネーのAsinus会社で
作られているロバの乳の石鹸です。

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